いぬのおまわりさん/ロックの本質/カダフィ大佐

人力検索はてな」の過去質問から面白いのを探してみるのです。



「いぬのおまわりさん」で、迷子になったコネコちゃんは最後どうなるんですか? おまわりさんは、お役にたてたのでしょうか。

Herazuya:sonogo言葉の減らずや:おはなしの「そのご」
昔話のその後の話を自分で勝手に創作しようというサイトです。
だから正式な続きと言うわけではないです。
ここの最新作にいぬのおまわりさんがありました。
ちょっと悲しいラストでした。

 困ったまんまの、いぬのおまわりさんは誰かが何とかしてくれるものなのでしょうか。



「ロックの本質は反骨にある」或いは「反体制という精神がロックの本質である」という考えは概ねオーソライズされていると思いますが、もともとどこからそう言う話になったのでしょう?チャックベリーもプレスリーも反体制ではないし、この概念の発祥が判りません。

ロックンロールの揺籃期には、「反体制」というよりむしろ、従来の社会通念や規範を意に介さないで音楽活動をする(結果的には規範から逸脱する)ということだったのではないでしょうか。たとえばプレスリーなんかの場合は、彼がセンセーショナルだったのは、彼が「黒人のように」歌い踊ったからだという話がありますね(その腰つきもTVで流すには道徳通念上よろしくないと考えられてもいたようです)。乱暴に言ってしまえば、そのころのロックンロールは不良の音楽のようなイメージでしょうか。
そのロック(「ロック、ロックってみんな、ロールを忘れてないか?」とはキース・リチャーズの言葉ですが)が「反体制」という意味を帯びるのは、1960年代に起こった(ヴェトナム戦争への)反戦運動や既存の社会秩序への異議申立てをおこなう対抗文化(カウンターカルチャー:ドラッグ文化、ヒッピー文化、サイケデリック文化 etc.)が出てきたときに、ウッドストックに集ったロッカーやビートルズがそうした運動や文化の一種の象徴的な存在になったためではないでしょうか。たとえばジョン・レノンには反戦の歌がありますが、反戦は戦争を行う主体である国家(体制)への批判でもあるわけです。
とくにソースを示すでもない回答ですけれど、ご参考まで :-) URLも大まかに参考になる程度のものです。



リビアのカダフィ大佐は、国の最高指導者でありながら、どうして大佐から出世しないのですか? 普通なら将軍とか評議会議長とかもっと偉そうな地位に着くと思うのですが。

http://www17.big.or.jp/~hirok/hyoutree/pslg2651.html
こちらにも全く同様の質議が見られますが、おそらくクーデターの指導者として彼が軍政の指導者となって以降、彼を軍内で指揮できる上官がいなくなったためと思われます。
軍人の昇進は必ず段階を追ってなされるのが通例ですから、
大佐から一気に大将にはなれません。
また大将でなければ元帥にもなれません。
国家の首班が一時的にでも少将に昇進するということは一時的にせよ中将以上の上官の指揮に服すると言うことですから、これは形式的にもヤバいです(^-^;
だから階級はそのまんま。いわば棚上げ。
で、国家機構としての全軍の統帥権を持つと言うことで
オッケーにしちゃってるんだろうと思います。



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