港の「F」の字/地下鉄の電気/川舟の上り

人力検索はてな」の過去質問から面白いのを探してみるのです。



先週末に横浜の山下公園に遊びに行った時です。大さん橋から港の方を見ると、大きな電光掲示板で「F」というアルファベットが海に向かって点滅していました。船とかに対しての合図のような気がしますが、意味は何でしょうか?

総トン数15,000トン(油送船は総トン数1,000トン)以上の船舶は入出航禁止
・上記以外の船舶は入出航自由
だそうです。



昔、東京の営団地下鉄「丸の内線」では、カーブ時等において車内の電気が暫し消灯し、その代わり常夜灯のようなランプが点灯していたような記憶があるのですが、この記憶を裏づけるコメントありますでしょうか?(記憶違いの可能性もありますので…。)

間違いありません。
私も経験しています。
日本の鉄道の多くは,架線とパンタグラフを使って電力の供給を受けていますが,地下鉄では第三軌条方式といって,走行用の線路の横にある第三のレールから電力の供給を受けます。そのため、ポイント部分などで電源供給用レールから一瞬離れてしまうことがあり、そのときに車内の電気が消えていたそうです。



近代より前の、船にエンジンがついていなかった時代は、川舟はどうやって川を上流に向かってさかのぼったのでしょうか。
ヨーロッパなどの緩やかな流れだったら、櫓やオールや、帆でどうにかなったのかもしれませんが、日本の川でそういうところは少なそうに思います。
また、縄で引っ張るにしても、どうやってやったのか。また現在の川にそういった河岸道路のような遺構があるものなのでしょうか。

図書室-レファレンス事例集平成15年度版江戸東京博物館

Q8.江戸時代の舟運で使用した小舟を上流に移動させるには、どのような手段をとったのか。(2003年11月)
A8.舟運で使った小舟は、河川の遡航に適した細長い船型の喫水の浅い船で、高瀬舟とよばれています。図録『富士川の舟運 第34回企画展』(富士市立博物館・M54/FU-4/11)には、富士川の舟運についての資料と詳しい解説があります。同書によると、川をさかのぼるのには、舳先に綱をつないだ舟を川岸を歩く船頭が曳くという方法をとり、下りの場合一日あれば到着するところでも、上りでは四日もかかった場所もあったようです。舟の曳き方は、一人が押上竿で舟を押し、残りが舳先につないだ綱を胸にかけて前かがみに曳きました。綱は肩に斜めにかけるのではなく、舟の重みで後に引っ張られたときにすぐ脱げるように、輪にして首から胸にかけていました。船頭は、舟を渾身の力をこめて曳けるように、アシナカ(足半)と呼ばれるかかとのない草履を履きました。また、客を乗せて舟を曳き商売をする曳舟もあり、その模様は歌川広重の浮世絵「名所江戸百景 四ツ木通用水引ふね」などに描かれ、図録『葛西用水 曳舟川をさぐる』(葛飾区郷土と天文の博物館・M3622/KA-2/70)で紹介されています。



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